ニューズレター35号(2022春)

ニューズレター35号(2022春)


1.巻頭言 新しい時代へ

日日本EMDR学会理事長 兵庫教育大学
市井雅哉(いちい まさや)

 コロナに明け暮れる毎日で、いろんなことが新しく試みられている。一昨年もオンラインで学会を開催し、昨年も同様の形態となった。本ニューズレーターにも記事を寄せて頂いているように、なかなか参加できなかった遠方の方、小さいお子さんを抱える方などさまざまな方が参加できて喜んで下さっていることを知って、企画をした側としては望外の喜びである。また、一昨年全く開催できなかったトレーニングもオンラインでの開催にこぎつけた。これまでより少人数での開催となってしまっているが、再開できたことは大きな喜びである。臨床家のみなさんの中にもオンラインでの面接に踏み出された方が少なからずいらっしゃると思う。そうなると、クライエントさんが住まわれている地域を限定する必要がないことになる。この試みの蓄積も我々の力となってくれるのだろう。さらに言えば、海外の学会への参加も容易になった。現地に行かなくても参加できる。こうしたコロナ狂騒曲も終わりが近づいているのかも知れないし、まだ続くのかも知れない。いずれにしても私達にいろんなノウハウが身につこうとしている。

 さて、そんな中、学会自体はどうなっているのだろう。理事の改選があって、新しいメンバーに入って頂いた。新しい風はありがたい限りである。これまでいろいろと雑事に追われていた理事会も、そろそろ腰を据えて、新しい時代へと突入するタイミングが来ているのではないだろうか? 日本EMDR学会は言うまでもなく学術団体である。学術大会においては、今年もさまざまな発表があって、大いに刺激を受けた。しかし、一方で、雑誌『EMDR研究』への投稿は盛んとは言えない状況なのではないか? 会員数も伸び悩んでいる。学会としてもっと研究を促進する、会員同士の学問的な刺激を与え合える体制を作れないだろうか?

 目を世界に転じてみよう。Shapiroが2019年に逝去して、機を逸にして、EMDRIAの中に学術評議委員会(Council of Scholars)なるものが立ち上がった。4つの部会があり、定義(EMDRとは何か?)、研究、臨床と資格認定、トレーニングがある。私は定義の部会に入って2年間の活動をして、先日論文の公刊までたどり着いた(What Is EMDR Therapy? Past, Present, and Future Directions by Laliotis,D., Luber,M., Oren, U., Shapiro, E., Ichii, M., Hase, M., La Rosa, L., Alter-Reid, K., & Tortes S. J. J., Journal of EMDR Practice and Research 15(4): 186-201)。最近勢いを増している、ちょっと過激なEMDRver.2.0を唱え始めたAd de Jongを中心としたオランダのグループの主張(眼球運動でなくとも何でも認知負荷をかければいいので、激しく身体を動かしても、歌を歌っても結果は同じ。EMDRはともかく速さが重要で、準備なんかいらない)があるのだが、それはEMDRの本質から外れていないだろうか? 本質とは何か? 適応的情報処理モデルとは? 両側性刺激の必要性とは? と検討を重ねてきた、一つの結論がこの論文である。ぜひご一読いただきたい。

 今EMDRは日本においても、世界においても、この先を見据えるべき岐路に立っていると言えそうだ。


2.学会参加印象記 (1)

i-psy/PsyQ  森 香奈子(もり かなこ)

 2020年のEMDR 学会はCovid-19で延期になり、2021年度秋にオンラインでの開催となった。オランダに住んでいる私は、これまで学会に参加を希望していても、その時期に合わせて日本に行くことができず、毎年参加を断念せざるを得なかった。なので、このチャンスを逃すまじ、と早速申し込んだ。時差は学会の行われる9月23日には7時間あり、日本で午前9時10分からの開催だとオランダでは午前2時10分からとなる。時間的には厳しいが、日本に行って時差ボケになりながら参加するよりはマシ、と考えたのだ。それに10月2,3日に行われる継続研修はヨーロッパ時間で午前9時からの開催。参加しない手はないだろう。午前1時半に目覚まし時計をかけて、コーヒーを注ぎ、気合を入れていた割にはPCの操作に手間取り、少々出遅れてしまった。それでもそれぞれの職場で工夫をしながらEMDRを実践されている学会員の皆さんの発表を聞くのはとても有意義だった。移り気な私は複数のコンピュータを使ってroomA,B,Cを行ったり来たりした。あとからオンデマンドで視聴できたので、そこまでする必要はなかったのかもしれないが、とにかく私は学会に参加できることに興奮し「何も見逃さないぞ!」と気合を入れていたのだ。「広がりと統合」というテーマ、そして身体疾患へのアプローチ、解離、治療者としての倫理と法的問題、どれも興味深かった。

 私がここまで学会参加に気合を入れていた理由は、今の職場ではEMDRの工夫を話し合える同僚があまりいないからである。オランダはEMDRが盛んな国ではあるが、ワーキングメモリー仮説が主流の国で、これまで働いた2つの職場では準備段階を飛ばしていきなり眼球運動に入るのが標準治療であった。EMDRは保険診療で、セッションの回数が少ないほど治療者の腕がよいとされるため、RDI や落ち着く場所をやっていると知られてしまうと、「何をもたもたしているのか!?」と非難がましい目で見られるのだ。眼球運動およびバジー、その他の刺激は「distractie(英語のdistraction;つまり『気を散らす』刺激)」と呼ばれている。オランダ国内にもAIP仮説にのっとったEMDR研修会も存在するが、オランダEMDR学会からは認定されていない。以前にその研修を受けた同僚は、今年になってからワーキングメモリー仮説の研修会を再受講していた。私は日本でEMDR研修を受け、かつ以前に同僚にせかされるまま眼球運動を始めてしまってクライエントの症状を急激に悪化させてしまった経験もあるので、解離のありそうなクライエントには慎重にアプローチしている。また、オランダには解離の専門家Ono van der Hart がいるのにもかかわらず、臨床の場では解離のあるクライエントに対する治療について深く話し合う機会が少ないのも不満だった。

 そのような事情から、今回学会参加ができて嬉しかったし、継続研修の内容にも大変満足している。これからもオンラインでの学会があればぜひとも参加したいと考えている。


3.学会参加印象記 (2)

北海道大学学生相談総合センター 石井治恵(いしい はるえ)

 2021年大会はウェブ開催となり、継続研修は講師のDolores Mosquera先生がスペインからライブ参加されるという初の試みとなりました。参加者は自宅からリラックスした状態で参加することができ、新たな大会の可能性が広がったように感じました。

 学術大会においては、両側性刺激のバリエーションから依存症、パワーハラスメントまで多種多様な題材が扱われ、EMDRが病院、学校、職場など様々な場所で幅広い年齢層のクライエントに対して実践されていることが窺われました。特に印象に残ったのが、福山絵美先生の全身熱傷患者に対する身体的編み込みの発表です。なかなか取りきれないトラウマ反応に対し、福山先生は工夫に工夫を重ね、クライエントに残存する強烈な痛みや熱の感覚を処理されました。その過程を拝聴し、諦めることなく厳しい状況に立ち向かい続けられた福山先生とクライエントさんの姿勢に頭が下がりました。そして、このような飽くなき挑戦が世界各国で日々積み重ねられた結果が、現在のEMDRの世界的普及なのだろうと思い至り、力強さを覚えました。

 岡野憲一郎先生による特別講演では、解離性障害を持つクライエントの「交代人格」を我々はどのように捉えればいいのかという、根本的な問いについて考える機会をいただきました。交代人格を一個の主体と見るのか人格の一部と見るのか、そして治療目的を統合とするのか協調とするのか、異なる見解が存在する中、岡野先生は交代人格を一個の他者として尊重し、人格間の協調を目指すという治療的スタンスをとっておられました。一方で、継続研修講師のMosquera先生は、交代人格をクライエントシステムの一部と捉え、システム全体の統合を治療目的としておられました。理論的には異なるスタンスですが、お二人に共通していたのは、「交代人格」ないしは「パーツ」に対して常に最大の敬意と繊細な注意を払う姿勢だろうと感じました。岡野先生の講義には哲学的な香りが漂い、先生のブログの隠れファンとしては、いつか先生に再登壇いただきたいと思いました。

 2日間に渡る継続研修では、Dolores Mosquera先生から解離性障害の声との作業をテーマにご講義いただきました。講義内容は非常に実践的で、治療段階ごとに整理された概念は豊富な例と共に説明され、大変分かりやすいものでした。解離性障害を持つクライエントの内的システムは往々にして複雑で混沌としており、私の理解が及ばず治療過程で立ち往生してしまうことがありますが、本研修で得られた知識は、パーツや声の機能や意図を読み解く手がかりとなり、治療の停滞を打開する助けになると確信しました。特にMosquera先生が折に触れて例示してくださったクライエントへの質問には、「なるほど、そういう聞き方をすればクライエントは無理なくパーツに注意を向けてくれる!」と気付かされるものが多々ありました。また、クライエントの学びを促進するにあたり、「例を示すことは単に教え方の一つではない。唯一の方法なのだ」との確言があり、モデリングの治療的価値を再評価することができました。Mosquera先生の研修から多くを学ぶことができたと同時に、その存在感―風雪に耐える霊木のように静かで揺るぎない佇まい―が深く印象に残っています。

 最後に、EMDRの可能性と広がりを具現化した大会を企画・運営してくださった大会準備委員会の皆様と、過酷な頭脳労働に怯むことなく分かりやすい通訳を提供してくださった大澤智子先生と菊地安希子先生に、この場をお借りしてお礼を申し上げます。


4.新理事就任の抱負 (1)

カウンセリングルームセコイア  檜原 広大(ひばら ひろお)

 この度、市井理事長と太田元副理事長のご推薦で新理事に就任させて頂きましたカウンセリングルームセコイアの檜原広大と申します。僭越ながら新理事の抱負として3つ挙げさせていただきます。

1)トレーニング委員として、W1,W2の研修を実効性のあるものとしていく。
2)学会の財政基盤を鑑みて、会員の益になるような幅広いサービスを提供する。
3)理事会と会員間の相互交流を図る機会を作っていく。

 1)については、新理事会でトレーニング委員を仰せつかりました。トレーニング委員としての初仕事は、8月に行われましたWeekend2の候補者選任等を竹内トレーニング委員の元で行いました。学会としても初めてのオンライン研修であったことからトレーナーの先生方は事前準備を念入りに行ったとの事です。W2当日は、市井トレーナーのグループでオブザーバーとして参加させて頂きました。少人数制で、微に入り細に入る説明と指導で、研修生の相互学習が活発となり非常に密度の濃い研修で、参加者の満足度が高かったのではないでしょうか。その後の理事会では、2022年のW1やW2の在り方について議論されました。今後は、オンラインEMDRの実効性を検証しつつ、会員が求める様々なスタイルのトレーニング研修を提案していきたいと思っております。

 2)については、会員数が1200名を超えたことを考慮して、多様なニーズに応え得るサービスの提案を心掛けたいと思っております。突発的な事態を想定した組織経営と会員の益を見据えたサービスを開拓していきたいと思います。

 3)については、毎回の理事会は、深夜におよんで多岐にわたる議題ついて議論しています。改めてEMDR学会を牽引してこられた理事の方々の熱意と志の高さを感じました。私は、今のところ、残念ながら理事会について行くだけで精一杯ですが、会員の皆様が学会運営の裏側を身近に感じてもらえるような機会を増すことができたらよいのではないかと考えております。

 以上、新理事として3つの抱負を述べさせていただきました。一日も早く会員の皆様に貢献できる理事となることを目指して参ります。

 最後になりましたが、2022年の第17回学術東京大会は、小林大会長と共に、準備委員の一人として、東京大会を盛り上げていきます。

 何卒、皆様のご支援とご協力をお願い申し上げます。


5.新理事就任の抱負 (2)

カウンセリングルームCircle of Life 岡田 太陽(おかだ たいよう)

 この度、新たに理事を務めさせていただくこととなりました岡田太陽と申します。JEMDRA-HAP委員の副委員長を担当させていただくこととなりました。2011年東日本大震災を受け、同年5月に開催された第6回の学術大会で設立されたJEMDRA-HAPの委員として、これまで各種人道支援団体と協働し、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、令和元年東日本台風などの支援活動に従事して参りました。日頃からJEMDRA-HAPの活動を応援・支持してくださっている皆様には本当に心より感謝しております。JEMDRA-HAPの支援を受けたことで活動を長期にわたって継続することができた活動もございます。本当にありがとうございます。

 JEMDRA-HAPの設立に関して大きく参考にされた米国のEMDRIA-HAPは、被災地域にEMDRのトレーニングを提供することを主たる目的としております。しかしながらこれは日本での実情にはそぐわないとずっと(設立当初から)思ってまいりました。その後JEMDRA-HAP委員になり、JEMDRA-HAPの名を背負って活動する際も、ホームページに掲載されている設立目的や目標と合っていない形での「支援活動」を続けることには心苦しさをずっと感じてまいりました。

 そこでこの度、委員長の仁木先生やHAP委員の皆様と検討し、災害大国日本の実情に合わせて「人道支援委員会」としてできることを現実的に考えていけるような団体にするべく話し合いをはじめております。「支援者支援」や「災害時の支援ネットワークづくり」などをキーワードとしてHAPの活動を方針転換していく予定となりそうです。今後のHAPの活動については改めて公にご説明させていただければと存じます。また、日本EMDR学会の皆様にもご協力をお願いする場面がでてくると思います。その際には何卒ご協力をお願いします。

 私個人としましては引き続きJEMDRA-HAPの委員として各種人道支援団体と協働し、被災地支援に従事してまいりたいと思います。コロナ禍ということもあり、現在は大きく活動を制限されておりますが、細くても息の長い支援活動を続けられるように、できることを積み重ねてまいりたいと思います。

 活動報告についてはこれまで主にFacebookのJEMDRA-HAPのページで報告させていただいておりますが、他SNSの活用等も含め、JEMDRA-HAPの活動を幅広く知っていただくための工夫などもできればと考えております。また、支援活動が一区切りした際には学術大会での報告もさせていただければと思っております。

 長くなりましたが、まずはいただいた任期3年、JEMDRA-HAPの活動を中心にEMDRの普及発展に尽力していければと思います。どうぞよろしくお願いします。


お知らせ

学会賞について
第1回 日本EMDR学会学術大会 研究発表優秀賞
 受賞者:三島利江子・森茂起・天野玉記・市井雅哉・前田多章
 発表演題:両側性タッピングの速度が自律神経系に与える影響
 2021年9月23日(木)日本EMDR学会第16回学術大会(WEB開催)


トレーニングについて

 報告:2021年8月27〜29日にオンラインにてWeekend2トレーニング開催。参加者27名
 予告:2022年3月18〜20日にオンラインにてWeekend1トレーニング開催。参加者18名(2020年3月開催予定だった際の受講予定者が優先されました)

総会、学術大会、継続研修について
 2022年7月3日 日本EMDR学会総会 12:00〜
 2022年9月23日 日本EMDR学会第17回学術大会 「生きぬくを支える」
 2022年10月9日 継続研修 講師Onno van der Hart博士
 2022年10月10日 継続研修 講師Anabel Gonzarez博士


編集後記

 日本EMDR学会など、学会活動では、勉強になると同時に、しばしば多くの勇気をもらいます。トラウマ臨床をはじめ、精神科や心理の臨床で、出会う多くのクライアントさんも孤立しがちですが、治療者も孤立しがちです。今回の、新型コロナという危機に際し、学会や研究会で直接お会いする機会がなくなり残念でなりませんし、時に孤独に陥りがちでした。しかし、それを乗り越え、かえってネットなど工夫と知恵で、私たちは再び空間と時間を超え、よりよく、つながり直し始めています。患者さんを治療し支援するには治療者がつながっていることが重要だと実感します。ピンチはチャンス。その一助になることを願っております。(A.Y)

 

サブコンテンツ

このページの先頭へ