ニューズレター第31号 2017年夏号

目次

 


巻頭言(副理事長就任のご挨拶)

生活心理相談室ナヌーク
太田茂行

 このたび、先の理事会にて副理事長職を辞任された菊池安希子理事に代わり、残りの任期(約1年半)をつとめさせて頂くことになりました。微力だが無力ではない、を人生後半のモットーの一つとしております。その思いにて、今般市井理事長からの副理事長就任依頼をお受けした次第です。微力なりに力を尽くしたいと思います。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 まず、今年前半に理事長がダウンしている期間、公私ご多忙の中、EMDR学会の理事長代理としてさまざまな局面で活動してくださった菊池前副理事長にあらためて御礼申し上げます。大変お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

 わたしはこれまで東京勉強会(TSG)をはじめとする各地域勉強会の活性化や、最近は資格認定委員会として、懸案であった学会の資格認定制度(EMDR臨床家資格とコンサルタント資格)の作成整備などに携わってきました。

 現在、日本でのEMDRセラピーの注目度は急速な伸びを見せているのは、みなさまご存知の通りです。これは、真摯にクライエントさんやご家族の心理的援助にとりくむ時に、「過去のトラウマ記憶」の影響を度外視できない、という理解が大きくひろがっているということです。また、「トラウマ記憶」とは、生命の危機にかかわる体験だけでなく、現在におよぶ心身の無力化の体験として理解すべきである、という視点が現場で広く支持されつつあると言えるでしょう。あるいは、世界的に戦争や武力衝突、テロが継続しているために、社会不安や実存的不安が微妙に活性化することとも、どこかでつながりがあるのかも知れません。

 ここ数年の海外講師による継続研修にもあきらかなように、EMDRセラピー自体の汎用性・可能性はどんどん拡大しています。従来のPTSDを中心とした心理療法から、パーソナリティの課題や防衛への対応など、多様な臨床工夫と研究がなされ、さまざまな報告がなされています。他のソマティックな諸アプローチとの併行活用も試行されています。これらの新しい展開は、日常のセラピーの地道な努力によって、自分にとって確かなものとなります。EMDRセラピーの新しい応用や技法を積極的に学びつつ、日々の臨床をより人間性あるものとして、さらにクライエントさんに深く役立つものとしていきたいと思います。

 最後になりましたが、来年4月には上海にて第3回EMDRアジア大会が開催されます。善隣友好の精神で、中国をはじめアジア諸国のEMDRセラピストと民間レベルの平和外交を実現できる貴重な機会です。大勢の方のご参加を期待いたします!

 Act locally、 think globally and feel deeply.


日本EMDR学会第11回学術大会・継続研修会を終えて

第11回学術大会長代行 福井義一
同副大会長代行 天野玉記

 本年度の第11回EMDR学術大会は、去る2016年6月10日(金)に、継続研修会は続く11日(土)〜12日(日)に、神戸のラッセホールで開かれました。このところ、1年ごとに神戸と東京で交互に開催されている学術大会と継続研修ですが、今回は再び神戸の地での開催となりました。ご参加いただきました皆様には、ご満足いただけましたでしょうか?

 今回の大会テーマは、『EMDRのための、つカエル臨床アセスメント』と題して、それに併せてシンポジウムを開催しました。また、Jim Knipe先生から『AIP(適応的情報処理)理論による複雑性PTSDと解離の理解』と題した特別講演をいただきました。そして、2日間の継続研修では、Knipe先生から『EMDRの道具箱: 複雑性PTSD、解離への理論と治療』と言うテーマで、2日間みっちりとトレーニングしていただきました。Knipe先生は2度目の来日で、京都で開催された第2回学術大会(京都)でCarol Forgush先生と継続研修をご担当いただき、大変好評いただきまし。今回も、期待通り複雑性PTSDや解離性障害に関して、臨床現場でお困りの皆様の疑問に答えていただけるような、かゆいところに手が届く研修になりました。特に、恥や罪悪感といった防衛機制に対する直接的介入や、解離されていたPartsとの内的対話を促す方法など、非常に発展的な内容であったと思います。両側刺激によって促進される適応的情報処理を巧みにセッションに取り入れており、翌日から臨床でも「つカエル」内容となったと思います。

 おかげさまをもちまして、学会大会267名(うち会員256名、非会員11名)、継続研修235名、懇親会87名のご参加をいただき、無事成功裡に終了することができました。ご参加いただきました皆様、お手伝いいただきました皆様、本当にありがとうございました。

 なお、本大会は諸般の事情により大会長と副大会長が交代し、「代行」2名が務めさせていただきました。学術大会の中止が検討される中、思わず反対の声を高らかに上げてしまった我々2名が担当することになりました。突然の交替だったため、準備等も遅れ皆様に大変ご迷惑をおかけしたとは思いますが、精一杯有意義な学術大会及び継続研修にしていこうと力を合わせて努力させていただきました。また、今回はEMDRを学びたいと強く希望しておられる学生会員の方々や、大会事務局の会員の大切な学びの場を奪わないようにするため、初めて学会請負業者や他大学の学生アルバイトを募らせていただきました。「アット・ホームな大会」というコンセプトは崩さないよう配慮させていただきましたが、至らぬ点も多々あったかと存じます。何とぞご容赦いただきますようよろしくお願い申し上げます。

 EMDR学会のますますの発展を祈念いたします。


日本EMDR学会第11回学術大会に参加して

東北大学大学院医学系研究科予防精神医学寄附講座
東海林 渉

 参加の意思は固まった。臨床でEMDRを使う機会が増えているし、学会期間は予定が空いている。大会テーマの「つカエル」も遊び心があっていい。カエル恐怖症の自分でも、プログラムの表紙に描かれたキュートなカエルなら大丈夫だ。それに継続研修の「EMDRの道具箱」なんて、ドラえもんの四次元ポケットのようで魅力的じゃないか。ホームページには「かゆいところに手が届く研修」と謳われていた。かゆいところだらけの私にはぴったりだ。大きな期待を鞄に詰め込んで、私は神戸へと出発した。

 大会初日、学術大会への参加は今回が初めて。大勢の人と運営スタッフの方々の丁寧なもてなしで、会場には活気と温かみが充満していた。大会シンポジウム「EMDRのための、つカエル臨床アセスメント」は、4人の先生方がEMDRの実践に必要なポイントを総まとめしたシンポジウムで、司会の福井先生が例えていたように、まさに山の麓から頂上へとつながっていく道しるべを示されていたように思う。シンポジストの講話もさることながら、私にとっては、壇上の先生方がEMDRをさまざまなタイプのクライエントに適用していることを直接に見聞できたことが貴重だった。EMDRを信頼して臨床に用いている姿に改めて勇気づけられ、書籍やメディアを通して知るのとは違う、肌感覚でしか感じられない臨床家独特の安心感と説得力に触れた。

 2~3日目、Jim Knipe先生の継続研修「EMDRの道具箱:複雑性PTSD、解離への理論と治療」。とても刺激的で、聞いているだけで自分の臨床の幅が広がっていくような気がした。Knipe先生は、タイトルの通り珠玉の臨床道具をたくさん提供してくれた。パーソナリティのパーツとトラウマの3タイプの紹介(①他人から見ると正常に見える部分、②トラウマ題材の侵入を防ぐ防衛部分、③トラウマを再体験する部分)に始まり、①~③それぞれに対する治療戦略の紹介。Loving Eyes法、後頭部尺度、CIPOS法。そして、心理的防衛(回避、理想化、恥)をターゲットにした事例、アディクション障害へのEMDR適用事例の映像とレクチャー。私には考えもつかない、しかし未熟な自分にも「使える!」と思える技法が盛りだくさんで、Knipe先生のポケットがだんだん四次元ポケットに見えてきた。話を聴きながら、「ああ、あの時はこの防衛をターゲットにできたかも」、「これはあの事例にも使えるかも」と様々に連想を広げていた。

 研修会の途中、思わず膝を叩いたフロアとのやり取りがあった。“回避防衛”に関する質問で、「なぜ“防衛”をターゲットにするとトラウマの苦痛度が下がる(その結果、トラウマを話せるようになる)のか?」という問いだった。Knipe先生は次のように答えた。「“防衛”(話したくない気持ち、考えたくないという思い)をターゲットにしてEMをすると、クライエントは『それ(抑圧しておきたいこと)について考えること』について考え始める。これは既にトラウマに焦点が当たっている。防衛をターゲットにすることで、間接的にトラウマもターゲットになっている。」 巧みな発想と妙技に裏打ちされた説明に思わず感嘆した。同時に、トラウマへアプローチする際にクライエントの歩調に合わせ、かつ現実的に治療を前に動かしていくEMDR臨床家の精神を感じ、大変に勉強になった。今自分が使っている技法の数々は、こうした精神に基づいて生まれてきたに違いないと思うと胸が熱くなる。

 研修を終えて興奮冷めやらぬまま帰路に着き、「忘れないうちに備忘録を」とメモを取った。EMDR学会の雰囲気と充実した学びの時間が、脳の深いところで何かを刺激し突き動かしたのだろう。たくさんの「つカエル」技法を教わり、メモを整理し終えたころには、EMDRを「つカエル」か恐怖症がずいぶん楽になった。さらに、「つカエル」君のおかげで本物のカエル恐怖症も心なしか和らいだ気もした……が、さすがにそれは気のせいだった。


2016年継続研修「EMDRの道具箱:複雑性PTSD、解離への理論と治療」に参加して

北海道大学国際本部
石井治恵

 二日間の継続研修では、Jim Knipe博士を講師に迎え、複雑性PTSD と解離の治療に役立つ様々なツールを学ぶことができました。

 Knipe博士はまず、道具箱の開発の背景として、心理的防衛や解離が、トラウマ記憶へのアクセスを妨げてしまうため、防衛や解離の顕著なケースは、標準的プロトコルのみでは治療が困難となることをお話しされました。そして、心理的防衛を回避、理想化、アディクション、恥に分類し、これらの防衛をターゲットとする方法を次々と紹介されました。例えば、解離的パーソナリティ構造を持つクライアントの場合、表面的には正常に見える部分(ANP)がトラウマ記憶を再体験している部分(EP)に対して回避衝動を持つため、その回避衝動をまずターゲットとして衝動レベルを下げます。回避的バリアが下がると、ANPとEPの対話が起こりやすくなり、トラウマ記憶を直接処理できるようになるという流れです。この過程が実際どのように進められるかを示した症例ビデオも見せてくださり、さらに、他者や自己に対する非現実的な理想化をターゲットとする際、BLSが歪曲した肯定的体験を適応的な方向にシフトさせる役割を果たすとの非常に興味深いお話もされ、濃厚な内容で研修が始まりました。

 アディクション治療についても有益なツールを教えていただきました。Knipe博士は、アディクションが、回避と理想化の混在する防衛であることが多いと話されました。治療の過程は固く組まれた両手の指を少しずつ解いていくようであるとのイメージを示され、複雑なアディクションの構造を非常に分かりやすく説明してくださいました。ターゲットに関しても、アディクション記憶、トラウマ記憶、引き金、使用時の肯定的感情、使用後の恥や不安など複数の選択肢を示していただき、治療ステップやターゲットの順番を決める際の注意点についてもお話しいただきました。ビデオ症例では、引き金をターゲットにしている個所を見せていただき、一連の流れがとてもイメージしやすくなりました。

 二日目は、愛着の崩壊がどのように解離性パーソナリティ構造の発達に関係するかについて、研究、理論、実践的な観点から丁寧に説明していただきました。ポリベーガル理論が引用され、親が子供の感情調整に繰り返し失敗すると、子供は適応的なストレス対応力や他者と肯定的な感情を共有する力を形成できないまま成人し、様々な問題を抱えることになってしまうことが説明されました。そして、Colin A. Ross博士が提唱するように、虐待やネグレクトを行った加害養育者への愛着の問題が解離の原動力であるならば、トラウマ記憶だけをEMDRのターゲットにするのではなく、クライアントが持つ両価的な愛着をもターゲットにすることが必要であるとの説明を伺い、解離に対する私の理解を深める大きな助けとなりました。

 パーツ同士の治療的対話とトラウマ記憶の再処理を安全に進める方法として、愛情のこもったまなざし手順、後頭部尺度(BHS)、現在見当識と安全性の持続的植え付け法(CIPOS)が紹介され、これらのツールを博士が実践するビデオを見せていただきました。そこでは、クライアントが、Knipe博士の助けを借りながら魂をバラバラに引き裂かれるようなトラウマ体験にアクセスしました。その様子は、まるで愛情のこもったまなざしを向けてくれる“ほどよい養育者”を持たなかったクライアントが、博士の愛情に満ちたまなざしに見守られながら、自分自身に対する愛情のこもったまなざしを獲得する作業を行っているようだと感じました。BHSやCIPOSというツールを使いながら、博士自身がクライアントの安全基地になっているようで感銘を受けました。

 研修の締めくくりに見せていただいた症例ビデオは特に印象的で、しばらく心が乱れました。二日間の研修内容に重ねてこの症例が示してくれたのは、私がそれまで考えていたような安易なパーツの統合ではなく、自我の中に親の愛情を求めてやまない部分とひどいことをした親への怒りの部分が一緒にいてよいということでした。それまでは、なにがしかの方法を使ってクライアントの内的葛藤を解消しなければならないと無意識に思い込んでいたようです。家族療法において、意見の不一致や問題のない家族はないけれど、お互いに話し合える家族関係を造ることが現実的かつ治療的であるように、内的家族システムの観点から、パーツ同士の対立を抑えようとするのではなく、パーツ同士が対話できるようになることがクライアントにとって大切なのだと気づかされました。今回の研修は、今後の私のアプローチを確実に変えるものとなりました。

 貴重なセッションの一部を私たちが見ることを許可してくださったKnipe博士のクライアントと、複雑なケースを助けるたくさんのツールを教えてくださった博士に深謝します。ジム先生ありがとう!


今後の予定

第12回日本EMDR学会学術大会および継続研修会
日時:2017年8月4日(学術大会)、8月5、6日(継続研修会)
会場:学術大会…明治大学中野キャンパス
継続研修会…駿河台キャンパス
招聘講師:Ana Gomez MC, LPC

Weekend1トレーニング
2017年10月27日(金)〜29日(日) 東京、高田馬場

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