ニューズレター第29号 2015年夏

目次

 


北村雅子先生を悼む

日本EMDR学会理事長
市井雅哉

 日本EMDR学会理事、EMDR Institute Facilitator、日本EMDR学会認定コンサルタントでいらっしゃった北村雅子先生(73歳)が、ご病気療養中のところ、7月5日朝お亡くなりになられました。

 北村先生は、1995年7月福岡で開催された環太平洋ブリーフサイコセラピー会議にフランシーン・シャピロ博士が来日された際、日本でのEMDRトレーニング開催を黒田昌弘先生と共にシャピロに直訴されました。シャピロ博士を招聘されたのは宮田敬一先生(故人)と聞いております。その結果、1996年にオーストラリアからゲリー・フォルチャー博士(今年逝去)が来日され、第1回目のEMDRレベル1トレーニングが東京大学で開催されました。森俊夫先生(今年逝去)が会場を手配下さいました。それ以降も、毎年、海外講師とのご折衝、お世話、通訳をされました。海外講師やファシリテーターは「日本のEMDRのお母さん」と彼女を慕ってくれていました。外国人トレーナーやファシリテーターのために、ホテルにお花を届けたり、お昼に食の好みに合わせて一品足したり、羽織やおせんべいなどさまざまお土産を手配くださるなど、細やかな心配りの方でした。

 忘れられないのは、2000年夏、予定していた講師が急病のため来日できなくなり、中止やむなしかという状況に陥りました。キャンセルして返金しようという意見も一部にありましたが、私と北村さんは最後まで、開催を信じて交渉を続けました。どうにかシャピロ博士が代理の講師プリシラ・マーキス博士を見つけてくれ、無事開催にこぎつけたことがあり、粘り強い彼女の執念に大変助けられました。

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 日本EMDR学会の理事としてもずっと関わられ、学会の基礎を支えて頂きました。老害を廃するために当初あった理事の年齢制限も北村先生のご活躍を見て変更したほどです。EMDRトレーニングにおいても、沢山のファシリテートを手がけられ、多くの教え子がいらっしゃいます。EMDRに関しての学会発表や論文執筆も精力的にされました。最近でも意欲的に学会活動に参加され、HAPの活動の一環として、宮城県の幼稚園などに継続的に通い相談活動を行われていました。今年のAndrew Leeds博士の来日にもご尽力頂きました。
 ご葬儀に参列した際に、海外を飛び回り、海外出版社の日本代理店としての仕事をされておられましたが、50歳で臨床心理士を目指して一念発起され、この道に入られたと知りました。自身の興味・夢へと邁進され、粘り強くそれを実現されてきた努力の人だったわけですが、それをおくびにも感じさせず、遊んでいらっしゃるかのように周囲を明るくしてくださる姿が今でも目に浮かびます。

 ご冥福をお祈りします。

 


第10回日本EMDR学会を終えて

第10回学術大会大会長
小林正幸・白川美也子

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 2015年5月22日(金)〜24日(日)第十回EMDR学会および継続研修(東京)が開かれました。

 題して「EMDR:基礎から応用そしてその未来ーふりカエルそしてさらにつカエル」。市井雅哉理事長による第10回大会記念講演「第十回大会を迎え、次の十年を見据える」と「EMDRと脳」、「EMDRと子ども」「EMDRと相性のいい心理療法の」の3つのシンポジウム、そして、日本のEMDRの黎明期に、長年トレーナーとして継続的に来日され、基盤を築いてくださったAndrew Leeds博士の再来日をいただき、ご講演「EMDRにおける情動恐怖(Affect Phobia)〜クライエントと臨床家の情動耐性キャパシティの開発〜」と継続研修「EMDR:基礎から応用そしてその未来」をいただくことができました。

 Leeds博士のアプローチは、AIPモデルを基盤としてEMDR理論をアタッチメント理論と構造的解離理論をもとに拡充補完することで、適用できる疾患および状態を拡げ、情動恐怖という観点で、クライエントの問題のみならずセラピストの問題まで解決していくアプローチを、分かりやすくご提案いただけたものでした。

 内容の濃さと充実は言うまでもなく、まさに統合的心理療法の名にふさわしいもので、EMDRを治療技法として選択していくことに意を強くした方も多かったのではないかと思います。

 Leeds博士の初回の来日からは19年、最後の来日(2007年)から8年の月日が経っていました。懇親会のときのスタッフや参加者に対するご夫妻共々の優しい心遣いと、「日本に来たことによって文化の差のなかで、否応なく自分の講義スタイルを見つめ、よりシンプルに、より言語ではなく、画像を用いて印象づけるような努力をして、EMDRの教え方そのものをシンプルにしていき、それそのものがご自身の成長に役立った」という謙虚なお言葉には感謝の念が湧いてきました。

 東京大会は、社会人会員による運営の三度目を迎え、全員が大会カラーの青空のようなブルーのポロシャツを着て一丸となって頑張りました。

 おかげさまをもちまして、学会参加者256名、継続研修240名(継続研修)のご参加をいただき、無事成功裡に終了することができました。これもひとえに皆様のご協力の賜物と、深く感謝申し上げます。

 今後ともEMDR学会に、ご協力ご参加を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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第10回日本EMDR学会ワークショップ
「EMDR:基礎から応用そしてその未来」に参加して

藤田 査織
フジタ臨床心理オフィス

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 今回のワークショップは、平成27年5月23、24日に11回目の来日となるAndrew M. Leeds博士を特別講師に迎えて、緑の木立に囲まれた早稲田大学国際会議場において開催されました。

 Leeds博士はまず初めに、「EMDRアプローチにおいて重要なのは、標準的EMDR手続き段階の適用における正確さやスキルだけではなく、適切な事例概念化と事例定式化と治療計画のためのスキルの向上である」と話され、カウチに座りセラピストと話をしている、ちょっとふてくされた表情のピノキオの絵を提示されました。そのピノキオは「嘘をつけば嘘をつくほど鼻が伸びるので砥石で鼻を削って短くしたが、その方法では削り続けなければならないことに気づいてセラピーにやってきたと」いう設定です。博士は、ここでセラピストは「ピノキオが鼻を削り続けること」に着目するのではなく、「(ピノキオが)十分ではない」と思っていること(愛着の問題)や、他の子供との違いやいじめ、そのことへの周囲からのサポートの有無と質などから事例定式化してくことが重要と説明されました。事例概念化に必要な要素としては、構造的解離のあるクライアントには、AIPモデルだけでなく、構造的解離理論、ピノキオの例にあったように愛着理論、またクライアントの困難に基づいたメンタルモデルも必要と話され、成人愛着面接(AII)を使った研究を紹介されました。

 続いて、EMDR治療計画の話をされ、Shapiro の標準的EMDR治療の8段階と3分岐プロトコルは重要な原則とした上で、『防衛をターゲットにした場合どうEMDRを進めるか?!』、そのために『情動耐性キャパシティの開発をいかにするか?!』について症状別に話され、より複雑な事例への『症状に基づくEMDR治療計画モデル』を提唱されました。その中では、より複雑な事例ほど、博士の提案する拡大AIPモデルを考慮する必要があるとした上で、緻密な治療計画・方法・症例とともに、デモも含めて具体的に提示してくださいました。

 更に、身体的RDI、PAT(肯定的情動耐性と統合)プロトコルのほか、代替のEMDR手続き11種類もの説明は、後半に向かうにつれ飽和状態の私でしたが、「どういう場合に記憶をターゲットにして、どういう場合に防衛をターゲットにするか」「クライントにとって否定的なものが肯定的なものに変わることを知ってもらうための方法」についての見解はとても興味深く、私にもすぐ臨床で使える内容でした。ワークショップに参加されなかった方も、来年日本語訳が発売されるLeeds博士の著書にその内容の一部があるそうですのでご安心ください。

 最後に博士は、「もしすべての準備が完璧に整うのを待っていたら、私たちはなにも始められないだろう」というロシアの文豪ツルゲーネフの言葉で締めくくり、私たちに大きなエールを送ってくださいました。

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各地方勉強会のご紹介(5)

 EMDR講習会受講者の増加にともない、継続的な研修のための勉強会が各地方で行われるようになっています.これまで、「東北EMDR勉強会」「関西EMDR勉強会」「EMDR東京勉強会(TSG)」「九州勉強会(KSG)」「北海道EMDR勉強会」「北信越EMDR勉強会」と「東海EMDR勉強会」を紹介させていただきました.今回は、いよいよ最後の一つ、「中国EMDR勉強会」を紹介させていただきます.各会とも事例検討や魅力的な講師を迎えての講習会を企画されています.詳しい案内は日本EMDR学会のホームページに掲載されていますので、奮ってご参加下さい

 

「中国EMDR勉強会」のご紹介

錦病院オフィスメンタルサポートいわくに
玉田和子

 中国EMDR勉強会は平成26年に生まれたばかりの勉強会です。スタッフは現在6名で運営していますが、ほとんど全員が数年から十年以上前に基礎資格を取得したものの、なかなかEMDRに専念出来ない環境の中で、ペーパードライバーに近い状態で過ごしてきました。中国地方、特に広島は、元々精神分析が強い土壌だったこともあり、EMDRに理解のあるドクターや病院、心理臨床の場が非常に少なかったような気がします。臨床の現場でEMDRが広がり、いつか近くの仲間同志で勉強が出来たら良いなあと思いつつ過ごしているうちに、平成25年、NHKでEMDRが大きく取り上げられたことから機運が高まり、市井雅哉先生のお力をお借りして、中国EMDR勉強会が立ち上がることとなりました。

 EMDRに興味を持つ仲間や裾野を把握するため、少し門戸を広げ、医師や近県の臨床心理士会にもお知らせを流す形で、平成26年2月9日、市井雅哉先生をお迎えして、第1回目の勉強会を行いました。その後第2回目を大塚美奈子先生、第3回目から第5回目までを3回シリーズで、仁木啓介先生に来ていただき勉強会を行いました。「災害対応へのEMDRスキルアップ研修」と名付けたこの3回シリーズの勉強会は、仁木先生のご企画によるもので、HAPの協力のもと、広島土砂災害対応を念頭に置き、災害時の緊急支援に用いることが出来るR-TEPを、私たちが使えるように組まれており、参加者一同沢山の力と勇気を頂きました。

 このように研修会の企画と開催を中心に勉強会を行ってきましたが、地元にコンサルタント資格をお持ちの先生がいらっしゃらないこともあり、これからどのように勉強を進めていくのか課題が山積みです。スタッフ6名は、なかなか一同に集まることが難しい状況のため、メールで連絡を取りながら、不定期にスカイプミーティングを行い、少しずつ出来ることから進めています。一緒にスキルアップして行きたいと思う仲間が、一人でも増えていくことを願って、諸先生方のお力をお借りしながら、これからも勉強会を継続していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

 


EMDR Weekend1トレーニングを終えて

MEDI心理カウンセリング大阪
佐々木 直人

 Weekend1を修了しました臨床心理士の佐々木直人と申します。受講を終え、今回の体験は、私自身の臨床経験において重要なターニングポイントになったと感じています。

 講義は市井先生のイメージの湧きやすい例え話を織り交ぜながらのお話で、EMDRの概略や狙いを学ばせて頂きました。私が特に魅力を感じたのはAIPモデルです。クライエントの自己治癒力やリソースを大切にすること、なおかつ予後が良いことは、トラウマを解消するだけでなく、その人の今後の人生をより良くしていくものだと思い、心理療法の考え方としても大変魅力的に思いました。

 実習も大変貴重な体験となりました。過去へと漂い戻るワークをした際、自分では「大した出来事ではない」と考えていたものが、自身の扱いたいテーマと密接につながっているものと気付き、苦しい思いをしました。クライエント役として脱感作を受ける際も、身体感覚が強く出てしまい、処理が行き詰っていました。しかし、ファシリテーターの先生に認知の編み込みなどのアプローチを受けることで処理が進み、自分でも思ってもいなかったような連想や、自身のリソースに改めて気付くことが出来、トレーニングを終えてからも対人関係においての自身のあり方に変化を感じました。

 集団でのトレーニングの場で生育暦を辿ることは、時に負担が生じることもあるかもしれませんが、それも含めてEMDRの手続きを一通り体験することはとても意味のあることだと思います。トレーニングを始める前は、最近体験したトラウマ体験を主に扱うものと考えていましたが、今回の実習を通し“3分岐プロトコル”の必要性を学ぶことができました。そして、実際に自分で体験することの大切さも痛感しました。

 このトレーニング体験は私にとって非常に貴重なものとなりました。EMDRの肯定的な変化を起こしていく力の一部を垣間見ることも出来ました。これから実践を重ねてWeekend2に進み、EMDRの持つその力をより学びたいと思います。そして、クライアントの方々に役立てていきたいと強く考えています。

 最後になりましたが、貴重な体験を頂き、ありがとうございました。

 


日本EMDR学会新理事挨拶

京都大学医学部医学研究科
社会福祉法人清章福祉会特別養護老人ホーム清住園
天野玉記

 この度、理事という責務に就かせて頂き、編集委員会を担当させて頂きます天野玉記です。

 私は、2006年に兵庫教育大学大学院でEMDRを知り、その合理的な治療法とエビデンスの素晴らしさに魅了され、その作用機序は一体どこにあるのか追求し始め、今日に至ります。もともと農学部出身で、企業でバイオテクノロジーの研究者として従事するうちに「ストレスと免疫」に興味を持ち、兵庫教育大学大学院臨床心理コースに入学しました。そこで、EMDRに出会い、その治療効果と未解明のメカニズムの不思議さに取りつかれてしまいました。当初は先輩の先生方に質問し続け、自分でも本や論文を読みあさり、その答えを探しつづけた日々だったと思います。しかし結局、私の薄学な生理学・免疫学・脳神経学などの知識を総動員しても答えが見つからず、さらに世界的に権威とされている研究論文を読んでも納得がいきませんでした。そこで、京都大学医学部医学研究科博士課程に入学し、脳神経学的アプローチでEMDRの作用機序を研究しはじめ、現在に至っております。

 EMDRは実験的研究に必要な要素である「構造的なプロトコル」「短期間で治療効果が出る」「高い再現性」といった、実験室でアプローチのしやすい心理療法と思います。そこで、このEMDRを使い研究データを積み重ねることが、トラウマ治療のメカニズムを解明することに繋がり、さらにはそれだけにとどまらず、心理療法(精神療法)の作用機序を解明することつながる近道ではないかと考えています。そのため、本学会でEMDRの研究がもっとアカデミックに盛り上がれば、世界の精神医学に貢献できるのではないかと考えます。その一端を皆様とともに歩んでいけたら嬉しいと思っております。よろしくお願い申し上げます。


浜松医科大学
吉川久史

 この度、新しく理事に就任いたしました吉川久史と申します。学会事務局を担当いたします。近年、EMDRの意義がますます社会的に認められるにしたがって新会員数も増加しています。また、さまざまな学術的、技術的要請に応えるべく、新しい取り組みも随時立ち上がっています。そのような変化に事務局が効率よく迅速に対応できるように努力してまいりたいと思います。

 EMDRは数あるトラウマ焦点化心理療法の中でも屈指の柔軟性を持っています。すでに、さまざまな問題や症状、対象に対する追加プロトコルがたくさん開発されています。その豊富さにも驚きますが、我々が臨床で扱うことがらの中にトラウマの問題がいかに広汎に影響を与えているかを痛感します。トラウマだけがすべてではありませんが、トラウマを見る目のない臨床は難しいでしょう。EMDR学会が臨床現場に貢献する余地はまだまだあると思います。そのためにも、EMDRのメカニズムの解明や新しい臨床技術の開発、エビデンスの蓄積が研究課題になると思います。理事として、学会の発展に少しでも貢献できるように頑張りたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 


今後の予定
EMDRトレーニング
Weekend1
2016年8月5〜7日(東京)
Weekend2
2016年3月4〜6日(神戸)
2016年 秋(東京)新プログラム

第11回学術大会および継続研修
日時:
2016年6月10日(金)学術大会
2016年6月11〜12日(土・日)臨床スキルアップワークショップ
場所:
神戸ラッセホール ローズサルーン

第10回EMDR臨床セミナー
匠からの玉手箱!あなたのEMDR臨床に一筋の光
日時:2015年12月12日(土)〜13日(日)
場所:メープル有馬(神戸市北区有馬町406-3)
残席わずか!お申込みはこちらから

 


編集後記

 日本EMDR学会理事として、本邦でのトラウマケアの発展に尽力してくださいました北村雅子先生がお亡くなりになりました。体調を崩し入院しておられるとお聞きしておりましたが、元気なお姿を拝見できないままのお別れとなってしまった事が残念でなりません。北村先生のご功績を偲び、謹んで哀悼の意を表します.(E.U.)

 

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