ニューズレター34号(2020秋)
日本EMDR学会理事長
市井雅哉
新型コロナウイルスが猛威を振るい,日々,感染者数に一喜一憂する毎日です.世界中の感染者数,死者の数を聞くと圧倒されてしまいます.元の姿に戻るのはどのくらい先になるのでしょうか? ずっとコロナとの共存を続ける覚悟をする必要があるのでしょうか? 当たり前のように接していた人と人との交流が,突然断たれてしまい,このことは我々だけでなく,多くのクライエントさんにも深刻な影響を与えています.このような状況下で,私たちがEMDRをどう用いて,何ができるのか,模索していくことが大事でしょう.
日本EMDR学会理事長
市井雅哉
今回のEMDRIA2019は,9月12日から15日までLos Angeles郊外Orange Countyにて開催された. ディズニーランド,大谷翔平のいるエンジェルスの本拠地もあり,隙間時間を見つけて,両方を楽しんだことを最初に白状しておく.
今回のEMDRIAは2019年6月16日に逝去したFrancine Shapiroの追悼と,そして新しいEMDRの船出を感じさせるものだった.
私はトレーナーズ・ファシリテーターミーティングから参加したが,一人ずつに電池式のろうそくが配られ,弔事が読まれ,皆で彼女の数々の写真を見ながら,それぞれの思い出に浸りつつ,We are the championを歌った.参加したトレーナーやファシリテーターが皆,彼女の人柄やリーダーシップに惹かれ,一緒に夢を追ってきた歴史が走馬灯のように駆け巡った.
大会では,Ad de JongのEMDR:Now and tomorrowという基調講演に触れておこう.彼はオランダEMDRのボスで,沢山の論文も発表していて,影響力のある人物である.オランダはヨーロッパでEMDRが普及している第1の国と言っていいし,ワーキングメモリー仮説のメッカでもある.彼がEMDR ver.2と称して見せた治療風景は,クライエントが右に左に前に後ろに動きながら,それに治療者も合わせて,ずっと眼球運動を続けるものだった.さらには手を叩いたり,数字を1,2,3と言わせたり,いろんなモードをフルに使ってワーキングメモリーに負荷かけるものだった.体力勝負のような数セットの後に,確かにクライエントは映像が浮かばなくなったと言っていたが,これがEMDRなのだろうか? これではやはり脱感作の域を出ないし,負荷さえかければ,EMである必要もない.私は,左右の大脳半球を刺激して,さらには,深いレベルの視床や小脳を刺激することで,さまざまな連想が生まれ,肯定的な記憶とのネットワークが築かれることに意味があると考える.こんなEMDRを許していては,土台から崩れかねない.一緒にいたAndrew Leedsと顔を見合わせて呆れていた.これからも作用機序の仮説の論争にしっかりと注目し続けたい.
そして,大会後2日間にわたって,Council of Scholars(学術評議会)という50名ほどの世界中から招待された集まりがあった.これは,EMDRの未来を見据えるための新しい試みであり,定義,研究,臨床,トレーニングなどの小グループに分かれて,現在の成果や課題と,今後の展望,解決策についてのプレゼンを聞き,盛んな討論を展開した.私は天野玉記さんと一緒に定義のグループに入って,何がEMDRをEMDRたらしめているのか,さまざまな変法について調べ,どこが本質で,どこは派生かについて議論し,今もネット上で議論は続いている.Shapiro亡き後も,さまざまな荒波を越えつつEMDRが進む姿を感じさせる7日間だった.
第20回EMDRヨーロッパ大会(2019.6.28-6.30)に参加して
東京学芸大学
大河原美以
EMDRヨーロッパの大会に参加したのは,2015年(ミラノ)2017年(バルセロナ)につづいて3回目である.今回はポーランドのクラクフで行われた.クラクフはポーランドの古都であり,映画「シンドラーのリスト」の舞台となった場所でもある.アウシュヴィッツ強制収容所(博物館)はクラクフから車で1時間くらいのところにある.この機をのがしたら二度とアウシュヴィッツを訪れる機会はないだろうと思い,今回も参加を決めた.アウシュヴィッツでの体験について書き始めると,それだけでこの紙面が終わってしまいそうなほど,いまでも思いがこみ上げてくる.やはり現地にいくことで瞬時に直感的にわかる理解は衝撃的であった.ホロコーストは「ナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を指す(ウィキペディア)」と一般に説明されている.現地で理解したことは,この言葉のイメージとは異なるものだった.それは捕鯨した人間が鯨の何から何まですべてを有効利用するように,人間を扱っていたということ.ドイツ人の几帳面さゆえのあまりにも完璧な分別により,人間を解体して再利用したという虐殺.きれいな入れ墨はハンドバックに変わったという.ハンナ・アーレントがのべたアイヒマンの行動は,「解離」が引き起こす残虐さなのだと言いたくなった.
大会プログラムの最後には,自らもサバイバーである1940年生れのユダヤ人の大学教授Marzena Oledzka氏の発表があった.ポーランド人の大学生を対象としてPTSDの調査を行い,ユダヤ人や戦争被害をうけた人の子孫のPTSD率を調べるとポーランドは30-40%であり,他の地域の4%に比べて高いということであった.日本ではおそらく比較するデータがないのではないだろうか.私たち日本人が第二次世界大戦によるトラウマから目をそむけてきたことを痛感した.
私のEMDRヨーロッパへの参加の目的は,スペインのアナベル・ゴンザレス氏の発表を見ることである.今回は統合失調症の方へのEMDRを6つのビデオで示してくれた.私は統合失調症の方を治療する立場にはないが,彼女の治療をみているとEMDRやトラウマ記憶の扱い方に関する考え方に多くの共通性を感じるので,違和感なく非常に勉強になる.彼女の治療ビデオは,「はるばるここまで来た甲斐があった」と思わせてくれるもので,患者さんに対する包容力ゆえに見事に処理が進んでいくのである.今回の要点としては,妄想や幻覚を感じているそのときの身体感覚をターゲットとしてその身体感覚にリンクしている記憶を扱ったり,精神病を発症したときの最初の記憶を扱ったりすることで,症状の発症に伴うDSIを処理することで改善に導いていく.この考え方は他の障害がある事例にも,応用可能であると思われる.そこで彼女の新著と出会い,これはどうしても日本語にする必要があると直感し,現在訳出中である(2020年中に日本評論社から出版予定).
また,イタリアのValentina Chiorino & M. Caterina Cattaneoの「出産時トラウマと授乳困難を示す母へのEMDRプロトコル」についての発表も,楽しみにしていたものだった.しかしこれはすでに発表されている論文に記載のこと,ほぼそのままだったので少し残念であった.
アメリカでのEMDRIAは参加者が高齢化している傾向を感じるが,ヨーロッパは若い世代の参加も多い.クラクフの旅もまた非常に有意義なものであったことに感謝.
第4回EMDR Asia conference(バンコク)に参加して
日本EMDR学会理事長
市井雅哉
2020年1月3-5日タイのバンコク開催の第4回EMDR Asia conferenceに,続いて7-8日に行われたトレーナーズトレーニングに参加した.
個人的な事情で遅れて5日からの参加になったが,早朝の3時頃に到着して,仮眠もそこそこに朝から慌ててポスター(脅威語記憶における眼球運動の影響)を貼り,午前の司会のセッションを終え(発表者は,ミャンマー,タイ,インド,インドネシア人),自身の発表(職場復帰のためのEMDR支援)を行った.アジア人でも高等教育は英語で受けている人(インド,シンガポール,香港,フィリピンなど,もちろん欧米への留学経験のある人も多くいる印象だ)が少なくないので,なかなか日本人は苦しいこととなる.発表を行った会議室には国王の肖像画か飾られており,なかなかバンコクらしい.昼休みに午後はスペインのアナベル・ゴンザレス先生(東京学芸大学の大河原先生が訳書を近々出されるとのことで楽しみである)の深刻な情動調整不全者とのEMDRによる取り組みのセッションを覗いた.多くのビデオが提示され,聴衆が食い入るように見ている姿が印象的だった.フランシーン・シャピロの追悼では,会場全体で自然発生的に輪を作り,手をつないで,マイケル・ジャクソンの「ヒール・ザ・ワールド」を歌った.みんなのフランシーンへの感謝の思いが伝わる温かいひとときだった.
さて,1日おいて,7-8日はトレーナーズトレーニングが開催された.日本からは菊池安希子先生(太田茂行先生は同時並行で行われたコンサルタントトレーニングに講師陣として参加)が参加された.4名一組となり,私は3名のトレーニー(インドネシア人2人,タイ人一人)を任された.一人ずつ,重要なセクションを区切って,パワポを使いつつ,短いプレゼンをして,それにフィードバックを与えていく.この4人組が部屋のあちこちに散らばっているわけだ.すでに,ヨーロッパでも同じようなトレーニングを受けてきている彼らのプレゼンはほとんどダメ出しをするところがなく,とてもスムーズに運んだ.もちろん,コンサルタントとしての実績も積んできているので,EMDRの理解もしっかりしている.二日間で,W1,W2をカバーした.EMDRの普及に燃えているアジアの仲間と貴重な時間を共有できたことがとても嬉しい.これは,トレーナーズトレーニングの最初の段階で,この後,実際のトレーニング場面で他のトレーナーと共同しながら,フィードバックをもらいつつ,実践を積んでいく.英語の達者な菊池先生は難なくこなしているように私には見受けられた.
断っておくが,日本人でトレーナーになりたい人が,全員がこの英語でのプレゼンを課されているわけではないので,その点はご心配なく.
相変わらず,英語に苦しめられる国際会議だが,アジアにおいてのEMDR先進国である日本のプレゼンスを高めるために頑張った自分を褒めてあげることとする.どうしても欧米に向きがちな我々の目を隣人であるアジアにもしっかり向けて,この地域でのEDMR普及に貢献することが日本EMDR学会に求められている使命の一つだと思っている.
- 第15回学術大会及び継続研修会
第15回学術大会は,新型コロナウイルス感染症拡大防止の取り組みとしてwebでの開催となりました.テーマを「コロナ禍を乗り切るEMDR」とし,このような状況の中で,少しでも皆さまのお役に立てるよう特別企画といたしました.今年の5月に企画していた内容は,今のところ,来年度に持ち越す予定としています.
9時30分~10時 総会受付
10時~10時45分 開会の挨拶・総会
10時45分~11時 研修受付
11時~11時50分(50分) 教育講演 DVD収録あり
倫理綱領を読み解く「裁判例からみる心理臨床場面での患者・クライアントとの接し方」
座長:大阪医科大学病院 医療管理学教授 上田英一郎先生
講師:中村・平井・田邊法律事務所 医師・弁護士 田邊昇先生
11時50分~12時5分(15分) フランシーン・シャピロ先生を偲ぶ会
13時~13時15分(15分) WEB入室
13時15分~15時45分 研修1
「コロナウィルスに対するセルフケア手続き」
講師:兵庫教育大学 市井雅哉先生
16時00分~16時20分(20分) 研修2
EMDRIA「遠隔EMDRセラピーのためのEMDRIAガイドライン」
講師:兵庫教育大学 市井雅哉先生
16時20分~16時50分(30分) 研修3
「ビデオ会議システムの安全性について」
講師:本多クリニック 本多正道先生
16時50~18時20分 シンポジウム
「遠隔相談の試み」
座長:仁木ハーティクリニック 理事長 仁木啓介先生
企画者:南川華奈先生 福山絵美先生
- 「開業心理士の遠隔相談」カウンセリングルーム・エミュウ 福山絵美先生
- 「国境を越える遠隔相談」兵庫教育大学大学院/nico(株) 南川華奈先生
- 「新型コロナウィルス感染者発生後の遠隔診療」神戸労災病院 植村太郎先生
18時25分~18時30分(5分) 閉会の挨拶
神経発達症研究推進機構 理事 天野玉記先生
- トレーニングについて
現在,新型コロナウイルス感染症の影響を受け,トレーニングは延期しております.日程が決まり次第,案内いたします.
少々間が空いてしまいましたが,ニューズレター34号(2020年秋号)をお届けします.その間,世の中は,あるいは人と人との関係のあり方は,新型コロナウイルスの影響により一変してしまいました.会員の皆さまにおかれましても対応に苦慮されていることと思います.第15回学術大会及び継続研修会を,6月に神戸で開催する予定でしたが,11月1日(日)に1日だけのweb開催へと変更になりました. 内容は,「コロナ禍を乗り切るEMDR」とし,少しでも皆さまのお役に立てるようにと考えております.また,皆さまと一同に介して研修や意見交換ができる日が来ることを心待ちにしております.(E.U)